4月15日、念願のタイムトライアルに初出場しました。
タイムトライアルはコース取りでずいぶんタイムが変わってくるそうなので、前日に男子タイムトライアルに出場する西谷選手の後ろについていき、コース取りを学ぶことに。
付け焼刃?テスト前の最後のあがき?何もしないよりは、少しでもあがいてみることで何か変わってくるかもしれない。そんな気持ちで、少ない脳味噌をフル回転させながら、コースの走り方を頭に叩き込みました。
何もかもが初体験の連続。DHバーを持ったのもほんの一週間前のこと。タイムトライアルをしている姿を写真で見たことは何度もあるけれど、実際に付けて持ってみると、どこに力を入れていいのか、つかみきれないまま、とりあえず真ん中のバーを持つと速く走れるんだと思い込み、イメージはTTを走るきれいなフォーム。で、走りました。
こういう大きな大会になると、決まって思い出す高校一年生の時の駅伝の思い出。
私のいた大阪チームは結構良い順位でたすきをつないできたのに、私の区間で大ブレーキ。緊張したつもりはなかったのに、知らない間に緊張していたみたい。頭は冴えているのに足には力が入らず、大観衆の中、ふわふわと雲の中を走っているような感覚で、どんどんいろんなチームに追い抜かれいく。
47チーム走った中、区間40位。ひどい走りでした。
練習では強いけど、試合では弱い山島由香を払拭しなければ・・・。ここで失敗したら、一生ナショナルチームには呼ばれないかもしれない。練習通りで。
最初突っ込んでいってうまく走れた試しがない。「最初は70%くらいの感覚で」という西谷さんの言葉を思い出しながら。いろんな思いの中、当日を迎えました。
最初はジュニアの女子、次はエリート女子、ジュニアの男子、エリート男子という順で競技は進行します。
私たちエリート女子の距離はTOJ(ツアーオブジャパン)のコースを少しショートカットした、布目ダムの周回7.7kmを2周回の15.4km。前輪はマビックのディープホイール、後輪はディスクホイール、トラックの選手と同じ、ピチッとしたユニフォームで、ヘルメットはTT用のヘルメット、耳には無線機。完全武装で挑みます。

10時51分、スタート。
焦らず、最初のくねくねしたコースを抜け、橋を渡り、広い道へ。ここから地面にガタガタな部分があるため、三浦コーチに言われたとおり、左、もしくはセンターを走り、体に負担をかけないように。
大きな右カーブを過ぎるとしばらく下り、ヘアピンカーブを過ぎて、1km強上ります。
ここで一周。あと一周です。後は全力を尽くすのみ。ひたすらペダルを漕ぎ続け、ラストは思い切り踏んでゴール。
タイムは25分36秒の7位でした。
実力以上は走れませんでしたが、実力通りには走れたと思います。西谷さん、ありがとうございました。1位は中国のリ・メイファン選手の22分50秒。2位との差は1分33秒もあり、ダントツでした。日本の萩原選手は3位で、惜しくも2位とたった2秒差の24分25秒でした。

そして、16日はいよいよエリート女子のロードレースです。
メンバーは、沖美穂選手、豊岡英子選手、萩原麻由子選手、私の4名。目指すは表彰台の真ん中。タイムトライアルと同じコースを14周回ります。
スタートは13時30分、天気は午後からは下り坂と予報されていましたが、何とか持ち堪えてくれています。大勢の方の応援の中、スタートの合図とともに、27名の選手でゆっくりと走り出しました。
序盤、予想通りのスローペースで、ほぼ全員がついていっていました。さすがはアジア各地から選ばれた選手だけあって、それほど危ない思いをすることなく、ゆっくりとレースは流れていきました。
6周目からは補給所での補給も始まり、みんなが後半からの仕掛けに備えているようでした。
そして、中盤、豊岡さんのアタックでレースは動き始めました。それまで一つだった集団が、すっと割れ、6人の逃げ集団ができました。前の6人の中には、日本チームから沖さん、豊岡さん、2名が含まれ、中国の選手は一人しか含まれていなかったため、私のいるメイン集団の先頭は中国の3選手が引っ張っていました。
萩原さんと私はひとまず、その後ろで待機して、次の動きに備えました。
逃げ集団は、一時、1分程先行しましたが、中国の追走で、徐々に詰まっていき、ラスト3周でついに一つになり、振り出しに戻りました。
そして、ラスト2周となる手前の上り坂で、三浦コーチの無線の指示で、私は渾身のアタック。坂の途中で足が止まりかけましたが、その坂を何とか上りきり、後ろを振り返ると、沖さん、中国の選手、韓国の選手と4人になっていました。
残りは2周、人数が少ないほうが勝機があると思ったため、持てる力を全部出して、逃げ集団を引いていきました。そして、最後の上り坂、4人の逃げは決まったため、少しペースが落ち、ラストの勝負に向かいます。
ラスト500m。
沖さんの「行け?、山島!」の声で自分なりにダッシュしたものの、100mくらいで失速。結局先頭から遅れること10秒、4着でゴールしました。
2月後半に出場したニュージーランドでのレースでは、レベルが高すぎて、仕掛けたりすることなく終わってしまいましたが、今回はチームとして動き、誰かが仕掛ければついていく、などの動きが少しできるようになってきたと思います。
レースを振り返れば、中盤で一人抜け出して逃げ集団に追いついていたら、どうなっていただろう。とか、ラスト2周で、もっと中国や韓国の選手に前を引いてもらっていたら、もっと結果が変わっていたかもしれない。とか、終わってみて思うことはたくさんありますが、今回は今回で良い経験になったと思います。
アジア選手権という大きな舞台に立てたこと、そしてたくさんの人と出会えたことはこれからの財産になると思いました。
最後に、一緒に戦ってくださった、ジャパンナショナルチームの皆さん、応援に来てくださった皆さん、ありがとうございました。この経験を生かして、もっともっと上を目指して頑張ります。
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貴女を応援してきたみん
どうも。韓国からCBA
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萩原さん、優勝おめでと
由香さん、あなたの強さ
闘病生活、お疲れ様でし
由香さん、ほんとうにお
悲しすぎます。あなたの